電熱ウェアの元祖

年が明けてから、まだ一度もバイクに乗っていない、動かしてもいない。
今年は例年になく寒い。
昨年末に電熱ウェアの稼働は確認したものの、こう寒くては乗り出す気にもならない。
今週こそは・・・。

そこで電熱ウェアに関する話をちょこっと・・・。

管理人の模型関係の友人に、左記の本を著した佐藤さんなる人がいる。
第二次大戦当時の零戦を始めとする戦闘機のパイロットの装備(服装、装備品など)について、氏オリジナルのイラストによって説明をしたものだ。

管理人はフィギュアはほとんど作ったことがないので、服装・装備品というものにはあまり興味がなかったのだが、ぱらぱらとめくってみると、これがなかなか面白い。

パイロットが身に着ける飛行服、帽子、手袋、長靴などの各種装備品、夥しい数の照準器、計器、無線機など、こと細かなイラストが載っている。
それが各年代、戦闘機の別によっていろいろな種類が存在するのだ。
実際に使ってみた場合の不具合の報告などに応じて、その都度その都度改良を続けた結果なのだろうと、当時の文字どおり命をかけた開発の歴史を物語っていると感じた。

そんな中、ふと目に留まったイラストがあった。

搭乗服にコードが張り巡らされている絵だ。
{gallery}bike/2008/2008_02_13_dennetsu{/gallery}

どこかで見たような・・・。

あっ、冬のバイクに乗るときの電熱ウェアじゃないか!
まさに、全身にコードを張り巡らせて、外部電源により電流を流し、発熱することにより身体全体を温める方式は、電熱ウェアそのものである。

オリジナルの発明がどこの国かはわからないが、半世紀以上も前の自分たちの親の世代に、現代と同じ構造の電熱ウェアを着込んで空高く飛んでいたことを想像すると、何とも興味深く思えたのだった・・・。

タイムスリップ明治維新(鯨統一郎)~講談私Eカ庫

統一郎の「タイムスリップ森鴎外」の続編とも言うべき一編である。前作で現代にタイムスリップしてきた森鴎外を助けた現代の女子高生うららが、今度は幕末に飛ばされてしまうというもの。

読み終わ・ス感想は、鯨統一郎の作品にしてはクオリティが低いなあという印象。
いつもの鯨作品に見られるキレが感じられない。
なぜだろうと思い返してみると、全体の構成の詰めが晦「のではないか、という感じがした。

未来からのタイムパトロールが、序盤にあ・ウり正体を明かしてしまう。現代での友達に名前・顔が似ている人物が過去にも出てきて、先祖~子孫の伏線を思わせるのだが、ラストで現代に戻・トきたときにその伏線が中途半端で「あれれ?」とな・トしまう。

鯨統一郎の踀ヘはこんなものじゃあない。あまりお薦めできない作品である

ホームページ再開!

この2月に入・トから以降、当サイトをご訪問くださ・ス方々にはご心配、ご阀fをおかけしまして誠に申し訳ありませんでしたが、本日、や・ニホームページを再開すらキととなりました。

【ホームページ閲覧不能の理由】

当サイトはjoomla!というCMS(コンテンツ・マネージメント・システム)というソフトで作成していましたが、2月当初、そのグレードアップを図・スところ、既存データベースの移行に失敗してしまいました。

すかさずバックアップ・リストアを行おうと、ここ10日あまゆウ行錯誤で修復の道を探・トいました。
しかしながら、これまで寄せられたコメントはデータベース内に確認できたものの、すべての記事・登録ユーザー情報は確認できませんでした。

今回の出来事で、普段から記事・登録ユーザー情報・コメントをこまめにバックアップし、かつ、すべてバックアップできているか、そしてリストアが完璧にできるかを確認しておく必要性を痛感しました。

窟「記事は、おいおい頭の中のデータベースかtヌしずつ引3」り出して書き留めていこうと思います。
改めまして、今後と舀2愛顧のほどお且・「たしますm(._.)m

ソ連MAZ-537G トレーラー中期型 【トランペッター1/35】 その1

トランペッター 1/35 00211 ソビエト軍 MAZ-537G トレーラー中期型

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ファウンと箱の大きさは同じ。

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しかし、中身のパーツはファウンに比べてぐっと少なく、すかすか。
といっても、並のキットと比べたら多い方ではあるが。

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今日は、転輪とシャシーの一部を組み立てておしまい。

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平成20年 SEAJ戸隠スキー その3

二日目も天気は快晴。

朝食を済ませ、今回の参加費の会計を済ませ、ひとまずここで解散となる。
このまま帰る人もいれば、午前中、滑ってから帰る人もいる。

管理人は、昼前まで滑って昨日の温泉で汗を流し、極楽坊でそばを食して帰るというのが、毎度のパターン。

スキーウェアに着替え、何人かと連れ立ってゲレンデへと向かう。

瑪瑙山のてっぺんに登り、写真を撮る。
朝方は雲もまだ出ていない。

うぅー、ガスが出てきたようだ(..;)

が、このぐらいだと山水画の雰囲気が出てる?

相変わらず気温が低いため、11時には上がって昨日の神告げ温泉へ。

昨晩の芋洗い状態とは打って変わって、この時間の温泉はがらがら状態(^_^)
大きな湯船を贅沢に使ってしっかりと温まる。
風呂から上がって昼食は極楽坊で、というのが恒例だったが、今年は温泉食堂内のそばを試すことに。
実は、ツアーメンバーでここの蕎麦を食べた人はほとんどいない。

結果は・・・。
侮るなかれ、管理人としては極楽坊より美味いのではないか、と思わせるほど(^o^)
ここの安兵衛そばはおすすめですぞ(^_-)

このあと待合せの極楽坊へ。

ここで、前日薦められたそばがきを注文。
こちらの方は・・・。

今一つ(^_^;

というより、そばがきというものは一人で食べるものではない、一口食べれば十分なものと理解した。

そうしたところ、後続部隊が続々到着。

14時にS氏を乗せ、帰路へ。

来るときにあれほど渋滞で悩まされた小諸~佐久間。
どのような土砂崩れの状況か興味津々だったが、わずか100メートルほどが一車線に規制されていただけで、災害の痕跡が確認できぬままにいつの間にか通りすぎていた。
あれれー(・・?)

その後も渋滞知らずの快適走行で、S氏宅17時、管理人宅18時の到着時刻だった。
ツアー参加の皆さん、お疲れさまでした。
また、来年、お会いしましょう(^o^)

平成20年 SEAJ戸隠スキー その2

温泉はいつもの神告げ温泉。
冷えた身体がじんわりと温まる。
だいたい夕方のこの時間になると、ゲレンデから上がってきたスキーヤーで芋洗い状態(;_;)
しかし、ここで、ゲレンデでは会えなかった今回のツアーメンバーの何人かに顔を会わすことになっている>^_^<

風呂から上がったところで、温泉併設の食堂で早くも宴会の前哨戦が始まっていた。

宿に戻り、6時からは全員揃っての夕食。

そして宴会。持ち寄った酒&差入れが次々と消費されていく。

どんと焼きを見に行っていた一行が帰って来た。

何やら立派なパッケージの酒が・・・(^o^)


こうして日付が変わるまで延々と宴会は続いていくのだった・・・。

平成20年 SEAJ戸隠スキー その1

今日から明日にかけて、毎年恒例のSEAJ戸隠スキーツアーに参加だ。
朝6時に自宅出発、途中でT氏を拾い、11時ごろに現地到着のはずだったが・・・。

関越道の事故渋滞は予測できたものの、突然の「佐久~小諸間の災害による通行止め」の表示。
事故じゃなくて災害による渋滞? まさか雪崩、地割れ、洪水?
結局、それ以上の詳しい情報がないまま、まあ一区間だけ下道を通るぐらい大したロスでもない、と判断し、佐久ICで降り・・・、降り・・・。
降りるはずが降りられない(@_@)

本線から側道に入ってまもなく止まってしまったのだ。
ゲートはまだ数キロ先。ノロノロと動くが、なぜこんなに遅いのかわからない。
しばらくすると、二車線が一車線に絞られていく。事故か?

玉突き事故だった。四重、五重?
前の方の車はエンジン部が完全に押しつぶされるほどだったが、見た目には重傷人は見えない。まもなくパトカー、救急車が到着する横を我々の車が通り過ぎて行った。

気を取り直して、さあ事故現場も過ぎたので車も流れるだろう、と思ったのが甘かった。
それ以後も遅々として前に進まない。
ようやくゲートに辿り着いたが、結局、なぜこんなに時間がかかったのかわからない。ゲートから一般道への出口の信号間隔がやけに短かったので、ひょっとしてこれが原因(・・?)

※ 後でわかったのだが、「災害」というのは「高速道近くの道路工事の際に、地中の水脈に当たってしまい、水が出たことによる土砂崩れ」だったとのこと。

そこからはスムーズに流れ、小諸から再び高速道に乗り、スキー場についたのは1時過ぎ。。
同乗のT氏はスキーをやる気が失せ、一人散歩へ。私は早速着替えてゲレンデへ。

今年も天気は良い。雲は出ているが、雲間から青空が見えている。

2~3日前に降雪があったようで、雪質は良いようだ。キュッキュッと締まっている。

何本か滑っているうちに先発隊の人たちと合流。

ひとしきり滑ったところで、コーヒーブレーク。
紅茶&ケーキを注文。

日が暮れるまでには、まだ時間がある。
さらに何本か滑ったが、思った以上に気温が低く、足先が痛いぐらいに冷えてきた。

早めに切り上げて温泉で温まることにした。

CMSの選定

サーバー、ドメインを決定したら、次はホームページ作成ソフトの選択だ。
XOOPSの経験から、ブログよりもCMS(コンテンツ・マネージメント・システム)の方が自由度があり、また発展性があると考えた。
しかし、XOOPSでまた構築しようとは思わなか・ス。
XOOPSの場合、図表を掲載しようとすると体裁が崩れてしまう経験をしていたからだ。また、いろいろなCMSを試してみたいと考えていたこともある。

そうして、いろいろなCMSの情報を集めだして目に留ま・スのが、Geeklog(ギークログ)、Drupal(ドルーパル)、そしてjoomla(ジュームラ)だ。

内容的にはそれほど差は感じられなか・スが、まず、Geeklogが唯一、日本語解説書が販売されていて、まず一髭ード。
Drupalは、ロゴマークが好みではない、というつまらない理由だが、一歩後退。
joomlaは、日本語解説書が販売されていない点が不蠀v素だ・スが、海外での利用踀тヘ圧倒的で、これから日本語サイトも増えていくような機運を感じた。また、joomla本家サイトを見ると、追韻Gクステンションの数が膨大にあり、作り込んでいくには十分なパーツが揃・トいると思われた。
結局、子供の頃にプラモデルを買・スときと同じ感覚で、「パーツが一番多いもの」という忌Tで選んだ結果、joomlaを選択すらキととした